『メトロ 3 号線:パナマと日本の一大プロジェクト』に関するレポート
作成者:Ritter Diaz、ビジネスコンサルタント
東京、2020 年 10 月 23 日
1980 年代半ば、大学への進学を機にパナマシティへ引っ越したとき、私はパナマシティ郊 外のサンミゲリートに住むことになりました。当時私は、日中は仕事をしており、夜間にパ ナマ大学で授業を受けていました。そのため、毎朝 5 時 15 分頃に起床、午前 6 時のバスに 乗り、午前 8 時には職場に通勤しなければなりませんでした。授業を終えた後に帰宅する のは、大抵 深夜でした。家からパナマシティ中心部までの往復に、毎日 5 時間以上も費や していました。
現在、サンミゲリートの住民は、Metro of Panama, S.A.((株)パナマメトロ 企業名の為、英 字表記とする)の 1 号線の建設と運行のおかげで、職場や学校へ行くための長時間移動か ら解放されました。また、後に建設された 2 号線の完成によって、パナマシティの東側への 移動も可能になりました。どちらの輸送システムも 2010 年から 2018 年の間に建設され、 現在も定時運行されています。
しかし、パナマシティと西部地域を結ぶ 3 号線プロジェクトは、プロジェクトの複雑さの ために、そして現在はコロナウイルスの蔓延の影響を受けて、当初の計画よりも遅れていま す。1 号線や 2 号線と異なる点は、3 号線はパナマ運河を通過する必要があること、またパ ナマ政府と日本政府間の協力プロジェクトとして計画立案されたということです。
これに関連して、2016 年 4 月、バレラ大統領の東京への公式訪問中に、パナマと日本政府 はメトロ 3 号線の資金調達と建設に関する協力覚書の交渉を行いました。この取り決めで、 日本はパナマに 26 億米ドル相当の円借款を提供すること、そしてその返済期間は 20 年間 (6 年間据え置き後、20 年延べ払い)、金融のグリーン化によるほぼゼロ金利とすることで 合意しました。
この協定には、日本のモノレール技術を利用する内容も含まれており、これは日本が持つ高 度な技術(6 度の勾配でも走行が可能で、市内や複雑な地形をスムーズに移動できる)を考 慮したものでした。日本のモノレール車両は車内が広く、1 車両当たりの乗客人数を多くす ることができます(1 車両あたり最大 200 人が乗車可能)。また、環境面でも非常に優れて おり、低騒音であること、また、車で 2 時間かかるところ、メトロを利用すれば 45 分での 移動が可能となり、パナマ西部に住む住民の多くが車からメトロに切り替えることで、CO2 排出量の削減も期待されます。
事実、3 号線の資金調達と建設に関する協力覚書は、日本政府によって提唱、適用されたユ ニークな計画であり、ラテンアメリカカリブ地域における未来の交通インフラプロジェク トの良いモデルケースと言えます。しかし、もう一つの重要なプロジェクトである『パナマ 運河に架かる 4 つの橋』の建設が遅れたため、このプロジェクトは着工までに長い時間が かかりました。
前述のように、3 号線がここまで複雑なのは、パナマ運河を横断する必要があるという事に 原因があります。実際に、私が準備に携わった協力覚書には、橋を渡るモノレールの線路部 分も含まれていました。そのため、日本政府からは線路と橋との連結部分に対する財政支援 についても提案がありました。
しかし、橋建設プロジェクトの裁定は、2018 年 7 月、つまり日本とパナマ間の協力覚書か ら 2 年もの歳月が経った後に行われました。 また、この 4 つの橋の建設は 2019 年 5 月頃 に開始される予定でしたが、2019 年 7 月の政権交代後、ラウレンティノ・コルティゾ大統 領が率いる新政権は、3 号線プロジェクトの内容を変更し、モノレールは運河に架かる橋を 渡る代わりに、トンネルを通過することになりました。
コルティゾ政権は、両方のプロジェクトが 2 つの異なる合弁企業によって遂行されている こと、そして橋の建設が遅れているため、それが 3 号線の建設と完成に影響する懸念があ ることを説明しました。
橋建設プロジェクトは 2018 年 7 月に中国の合弁企業に発注され、3 号線プロジェクトは今 年 2 月に韓国の合弁企業への発注が決まりました。したがってパナマ政府は、それぞれの 契約で決められた工期内にプロジェクトを完了し、各合弁企業の責任を確保するために、プ ロジェクトを分離する方が良いと考えました。
恐らくコルティゾ政権にとって、パナマ運河の大西洋側に架かるアトランティック橋の建 設が遅れたことで、4 つの橋の建設も遅れるのではないかという懸念が生じ、また、3 号線 の建設、契約および経済へも影響をもたらすと考えたのです。
事実、この変更は 3 号線プロジェクトがさらに遅れることを意味し、パナマ政府は計画変 更の承認を得るために、日本政府との協議が必要になりました。現時点で私が知る限り、日 本政府はパナマの状況を理解し、パナマ政府から提案された修正案に同意しています。
トンネルの建設は、3 号線プロジェクトを担当する Metro of Panama, S.A.に当初の予算に は含まれない追加費用が発生することは間違いありません。したがって、Metro of Panama,
S.A.は、トンネル建設に必要な資金の調達の為に、以下の様な検討が必要になります。 1)3 号線プロジェクトを施工する韓国の合弁企業に資金提供を要求する。 2)プロジェクトを施工する企業が韓国企業であることから、韓国政府に働きかけ、
提携ローンについて交渉の可能性があるかを探る。 3)国際金融市場から資金調達する。
4)日本政府に追加の協力融資を要請する。
ただし、この最後の選択肢 4)については、日本政府がこのプロジェクトにすでに多額の資 金を投入していることから、実現の可能性は最も低いと考えられます。
トンネル建設案はパナマ運河庁に、トンネルが建設される予定の地域における運河床での 浚渫作業の計画を早めるよう促しています。これらの浚渫作業はトンネルの建設前に行わ れる必要があり、また、大型化が進むネオパナマックス船(*1)の円滑な航行に必要不可欠な 作業でもあります。(*1 拡張された第二パナマ運河を通行できる最大サイズ船の通称)
日本政府は、3 号線プロジェクトの資金支援と建設だけでなく、パナマ運河に架かる 4 つの 橋の資金支援と建設にも関心を持っていたことを、ここに記しておきます。これは、2014 年 3 月に、当時の日本外務大臣 岸田文雄氏とパナマ外務大臣 フランシスコ・アルバレス・ デ・ソト氏によって行われた合同声明を通じて合意されました。しかし、これらのプロジェ クトはバレラ大統領政権中に分離されました。バレラ大統領は、3 号線プロジェクトは日本 の協力によって遂行され、4 つの橋の建設は国際入札のプロセスを経ることを決定しました。
これらのプロジェクトを分離した理由は、日本が提案した計画がより高価な鋼橋だったこ とによります。また、この計画では、橋の構造物を設置する際に、船の通過を丸一日以上停 止させる必要があるため、パナマ運河運用の上で大きな問題となることでした。費用が安価 であることも挙げられますが、技術的な観点から考えても、運河の運用を中断させることな く、また設置が容易な斜張橋を用いる方が好ましいと考えられたわけです。そしてすでに、 パナマ運河にこれらの橋のうちの 2 つ、センテニアル橋とアトランティック橋は建設が完 了しています。
2016 年にパナマと日本の協力覚書に署名した後、2022 年頃には 3 号線の運用を開始する予 定が立てられました。しかし、4 つの橋の遅延、プロジェクトの変更、そして不測のコロナ ウイルスの大流行のよって、実際には 2021 年の夏に 3 号線の建設が始まり、完成は 2025 年頃にになると予想されます。
上述したように、3 号線プロジェクトは、ラテンアメリカカリブ海地域の公共交通機関に対 し、日本の高い品質や技術を紹介するために日本政府が策定した協力モデルと言えます。 このプロジェクトが環境に与えるプラスの影響(騒音と CO2 排出量の削減)を考慮に入れ
ると、このモデルは非常に有意義な資金調達であると紹介されました。そして、日本の公共 交通技術の耐久性と安全性を他国と比較して実証することにもつながるでしょう。
このプロジェクトは政府同士の協力体制であるため、汚職の可能性を 100%排除したこと で、近年の大規模インフラプロジェクトに影響を及ぼしています。 また、日本は協力計画 として、経済協力開発機構(OECD)協力ガイドラインに準拠しているかを評価するために、 OECD にこのプロジェクトを報告しなければなりませんでした。
一言で言えば、3 号線プロジェクトの成功は、パナマとその地域にとって非常に重要なもの です。それは、日本がアジア各国で行ってきたように、日本の高品質なインフラ技術をラテ ンアメリカ地域にも持ち込むための巨大プロジェクトを促進させる要因となるからです。
2025 年以降、日本からの協力のおかげで、パナマ西部のすべての住民が質の高い生活を享 受できるようになることを願っています。
訳:畑田紋奈